24、国を守り続けて行く道

自己犠牲による本当の幸福

 

Kokorohurihureブログ57番で記した警察学校生の感想には、

『自分の命を犠牲にして、国と家族を守り抜こうとした勇士たちの手記を読んでいると、自然と胸に熱いものがこみ上げてきて、人間の尊厳を謳い上げたくなります。時代が変わっても、人間の本質、気高い自己犠牲によって勝ち取り得る本当の幸福というものは、不変であると思います。』とあった。

「自己犠牲による本当の幸福」は、洋の東西を問わず普遍的な真理として語られている。西洋のトウモロコシの起源の物語では、少年の前に現れた親切な若者は少年にトウモロコシを授けて死んだ。トウモロコシは彼の死骸から生えるとしているし、日本の神話では死んだ大気津比売神の身体から稲や粟などの五穀が生れたとある。そして、最も知られているのは、イエスは聖なる十字架つまり木の上にいる、その木の果実であるとの話であろう。

 

ショーペンハウエルによる人間の生命の真実

 

 しかし、戦没者が本当の幸福者であったとすることには、納得がいかないと感じる方が大方ではないかと思うので、「神話の力」ジョーゼフ・キャンベル、ビル・モイヤーズ共著(ハヤカワノンフィクション文庫 2010年)の一節を読んで戴きたい。

 

 『ショーペンハウエルは、彼のすばらしいエッセイのなかで、次のような問いを提出しています。他者の危機あるいは苦痛を目前にしたとき、人間が即座に、すべてを忘れて、その人のために自分の命を投げ出すことができるのはなぜだろう。我々が普通、自然と自己保存の第一の法則と考えているものが、いったいどうして一瞬のうちに消え失せるのか。

 四、五年前のことですが、ハワイでこの問題を地で行くような珍しい出来事がありました。ハワイに、パリと呼ばれる場所があります。北からの貿易風が山脈の頂から激しく吹いてくるところです。人々は、風に髪の毛をなびかせることを求めて、そこへ登りたがる。あるいは、自殺をしに行きたがる。ゴールデンゲートから身を投げるのと同じようなものですね。

 ある日、二人の警察官が車でパリへの道を登っていた。そうしたら、車の転落防止のガードレールのすぐむこうに、いまにも飛び降りようとしている若い男が見えたんです。車は止まり、助手席にいた警察官が飛び出して、男がまさに飛び降りた瞬間に彼をつかんだが、その警察官も前のめりになり、男といっしょに落ちそうになった。間一髪のところでもうひとりの警察官が駆けつけ、二人とも引っ張り上げた。

 見ず知らずの若い男といっしょに自分を死の危険にさらした警察官に、突然なにが起こったのかわりますか?。彼の生におけるほかのことは一切・・・家族に対する義務も、仕事に対する義務も、自分の生命に対する義務も・・・すべて抜け落ちてしまったんです。自分の生涯のための望みや希望も全部消えてしまった。彼は死ぬところだったのです。

 あとで新聞記者がその警察官にたずねました。「なぜ、手を放さなかったのです?。自分の命があぶなかったのに。」

警察官はこう答えたそうです。「放すことはできませんでした。もしあの青年をあのまま死なせていたら、わたしは一日たりとも生き続けることはできなかったでしょう。」と。

なぜでしょう。

 ショーペンハウエルの答えはこうです。このような心理的危機は、ある形而上学的な認識・・・すなわち私と他者とは一体である。私と他者とはひとつの生命の二つの外見であって、別々に見えるのは、空間と時間の条件下でしか形を経験できないという知能の限界の反映に過ぎないという認識・・・が飛び出してきた結果なのだ。人間の真の実在は、あらゆる生命との一体性と調和のなかにある。これが、危機的状況のもとで瞬時に認識されるのであろう形而上学的真実です。ショーペンハウエルによれば、それこそ人間の生命の真実だからです。

 英雄とは、この真実の覚知に従って自己の肉体的生命を投げ出した者のことです。』

 

国民の信頼の中心たり得る愛国者、義人、精神的権威の存在が国を守り続けている

 

 東日本大震災のとき、ハワイの警察官と同様の行動をとって亡くなっていった日本の警察官・消防関係者・教師・役場の人・避難を呼びかけ続けた人などが大勢いたことを、日本人は知っている。

しかし、彼らを褒め称えようとする気持ちが心の奥底にあるものの、それを顕彰しようとするまでには至っておらず、悔しく無念に思っていた。

ただ、警察学校生の感想の中に、東日本大震災以降のことだが、殉職された警察官への尊敬の念と戦没者への思いは同様であることに気付いたといった内容のものが散見されるようになったことは、何よりも心強く大事なことだ。

 亡国の民の惨状を見るにつけ、国民の信頼の中心たり得る愛国者、義人、精神的権威の存在の欠如を思う。そして、自己自身以上に民族を愛し、国家を愛する人物がいて初めてその民族、その国家が存続するという公式がある事に気付くのである。 

 

 日本は、先の敗戦からも、そして東日本大震災や多くの災害からも立ち上がり復興し繁栄を築いてきた。その要因は、「サムライ」や「特攻隊」にあると指摘するアジア諸国の指導者は多い。彼らは、国家の為や主君の為に自らの生命を捧げきれる精神をうらやましく思っているのだ。日本のどの時代にも、斯様な英雄・義人が満ち満ちている。それらの人物を語り伝え続ける、そして儀礼を尽くしてゆくことこそが、日本そして日本国民を守って行く道であると信じている。