東日本大震災の前と後で、警察学校の学生の感想に大きな変化があった、それについてお話をしたいと思います。
次は、講話を聴いた学生の感想です。
東日本大震災等で、自分の命を顧みずに、市民のために警察活動を最後の最後まで続けた先輩方を誇りに思いますし、私もそのような警察官になりたいと思います。そして、このような考え方が、戦争で亡くなられた方々に対しても当てはまるということに気づかされたのです。戦没者に対する思いは、哀れみではなく、尊敬と称賛です。
我々神職が祝詞の最初に奏上する言葉は何ですか。御祭神の御神徳をたたえることでしょう。まず最初に、神様の御神徳をたたえる。尊敬と称賛があって初めて慰霊につながってくる。最初にあるのは、皆さんがよく戦ってくれた、そのおかげで今、我々があります、その勲功を継承していきますという、その御神徳に対する称賛、これがまずあるべきであるということを改めて思います。次の感想はもっと高いところまで、つまり命を犠牲にするということに対しての感想を書いてあります。
自分の命を犠牲にして、国と家族を守り抜こうとした勇士たちの手記を読んでいると、自然と胸に熱いものが込み上げてきて、人間の尊厳をうたい上げたくなります。時代が変わっても、人間の本質、気高い自己犠牲によって勝ち取り得る本当の幸福というものは、不変であると思います。
考えてみると、キリストは自ら木にはりつけとなって、そしてリンゴの実となり人の命を救いました。日本の神話もそうです。オホゲツヒメノカミは、自らの身から五穀を生んで、そして人の命の基となった。命を捧げることによって次の命を生む。これは本当の幸福ということ、そう言われています。
今回、私が出した本の中で、『神話の力』という本についても取り上げておりますけれども、その中でも、古今東西を問わず、この自分一人の命と全体の命、その比較の中で自分の命を忘れてしまうような全体の命に対する貢献、奉仕、そういうものがやはり最も尊いものとして描かれてあります。そのレベルまで、この二十歳前後の警察学校の学生が『本当の幸福』というところまでの感想を書いてくれた。これは非常に大事なことだろうと思います。
我々はこうして生活する中で、ついつい我が身のこと、自分自身を最優先に考えます。それは当たり前だろうと思います。しかし、一旦そういう危機に臨んで、そのときに人間がどういう行動をするのか。自分の命が最優先で、まず逃げろ。東北の「てんでんこ」という言葉を一方的にマスコミは流しますけれども、子供はそれでいいでしょう。子供はまず自分の身を守るために、自分の身を守るためだけに逃げても構いません。しかし、大人がみんな逃げてしまったら、誰が年老いた人を助けるんですか。体に障害のある人、逃げられない状況にある人を誰が助けるのですか。
岩手の消防団では、一人の老婆を助けるために四名殉職しました。戸板にその老婆を乗せて逃げる中で亡くなっていった。生き残った団長はこう言っています。自分も、もしその立場だったら、その老婆を置いて逃げることはできなかった。もし逃げたならば、自分はその傷を一生背負って生きていかなければならなかっただろう。彼らもきっとそうだったろうと思う。
皆さんだって、その人生の中で消せないような苦い嫌な記憶というのがあるでしょう。それがいつも自分の心を責める、そういうこともあるでしょう。それが深刻であれば、本当に自分の人生が続けられないぐらいの苦しみを味わうことだってあるのです。心の傷というものがどれほど恐ろしいか。そういうことをもう一度考えてみる必要もあるのだろうと思います。
ところが、この大震災の前、冒頭お話ししましたけれども、こういう感想もあったのです。
手紙の中で感じたことは「思ったよりも悲壮感がない」ということだった。これがつらかった、あれが大変だった、思い出すのも嫌だというような話があまり出てこなかったと思う。それが戦争の中で生まれ育ち教育をされてきたということなのかもしれない。当時の若者は、死んでこそ国のために得るものがあるという考え方に心酔しており、死ぬことを恐いと思ったことはないのだと思う。
軍国主義に染まっていく当時の人々、若者たちは戦争に対して疑問を抱かない人間にされていったのかと思うと、同世代の者として悲しい気持ちになった。
やはり一定の割合で戦争を否定することの枠にとどまり、戦没者の心情に共感できないままの感想がなくなることはなかった。それが、あるときを境に全く見られなくなる。東日本大震災だったのです。
では、実際に私がどういう方のお話をして、どういう感想を得てきたのか、その具体例についてお話をしていきます。特に神職の方にお話ししておきますけれども、若い方、私の話を聞いて、「そうかと」、これでは駄目なのですよ。皆さんがこれからは自分の口で多くの人に、それこそ全国を回って話すぐらいのつもりで、自分の口で、自分の心で感じたことを伝えていかなくてはいけない。そういう立場なのだろうと思います。
後でお話ししますが、神社本庁でも、自分のお社の御祭神を語るために、まず戦没者を入り口として語っていこう、そうやって勉強することが始まりました。昨年十一月、全国教化会議の教化委員の集まりで私はこの話をして、そして多くの教化委員が全国に散らばっていって、各地域で、戦没者を神話の入り口として話し始めました。そこから明治維新、そしていずれはヤマトタケルのその自己犠牲の精神まで遡れる神話を語れる神職になっていこうではないか。そんなふうにして語り合ったのです。
いいですか。皆さん自身が自分の口で、こういう話をして、そして何らかの感動を得てもらいたい。そう思ってこの話を聞いてもらいたいなと思っています。ただ聞き流して、それでよしとは、絶対にしてもらいたくない。私の願いはただ一つです。皆さんの口で、皆さんの心で、この戦没者のこの尊い話を伝えてもらいたい。
「語り手」になってもらいたいと思っております。

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